第1回ESDトーク(前編) 「持続可能な社会をつくる基本は心と心の繋がり」
永井壽子さん

ESD-Jでは「ESDトーク」と題し、様々な視点・立場でESD活動を実践している方からお話を伺うインタビュー企画を始めました。
記念すべき第1回は、これまで様々な立場からESDを10年以上取り組んでこられた永井壽子さんへのインタビューです。
みなさんの活動のヒントや、新たな繋がりが生まれるきっかけになれば幸いです。

永井壽子(ながい ひさこ)
千葉県内の様々な高校にて教員を務め、千葉県立市川北高校校長時代にユネスコスクール、ESDと出会う。
校長を務めた2校をユネスコスクールに加盟し、その後も国立大学法人千葉大学にてESDコーディネーターとして活躍するなど活動は多岐に渡る。

 


永井さんは中学校の教員をしておられた母親の影響で幼少期から学校が大好きだったそうです。
高校の教員時代は、多感な時期の子どもたちの問題や悩みに真摯に向き合ってこられたとのこと。
その向き合い方は、いつでも真剣勝負の熱血先生!当時やんちゃな高校生男子にも果敢に立ち向かい、しかし愛情をもって語り合う。
やんちゃだった生徒との数年振りの再会では、社会人として立派に働く姿と晴れやかな笑顔にとても感動したそうです。

その後ユネスコスクールやESDを知り、その活動目的や考え方に大変共感し、当時校長先生をしておられた千葉県立市川北高校・千葉県立佐倉南高校はどちらもユネスコスクールに加盟したそうです。
ESDは子どもたちにとって本当に必要な教育だと分かっていても、実際学校内で取り組むとなると多忙な教員の方々との間には温度差がありました。ずいぶん悩まれたそうです。
そんな中でも、永井さんの意思を受け継ぎESDを実践し続ける先生たちもいました。その存在は大きな心の支えや自信になったとのこと。

情熱をもってESDの推進に取り組んでこられた永井さんに、どのような想いで活動をしてきたのか、学校内で先生方と連携しESDを取り組んでいくためのヒントなど、熱く熱く語っていただきました。

千葉ユネスコ協会でお話を伺いました

―――ESDと出会ったきっかけについて教えて下さい

教員として一番初めは千葉県立四街道特別支援学校で3年程働きました。そこの子どもたちの中には、生きたいと思っていても亡くなってしまう子がいて、学力の前に「心」だなぁって。いろんなことを教わりました。それが私の原点かもしれない。

そして今から10年前ぐらい、千葉県立市川北高校(現:千葉県立市川昴高等学校)の校長だった時に東京で小学校のESDの公開授業があると聞き行ってみました。そこでユネスコスクールやESDについて知り、私の教育方針と一致するなと思ったことがきっかけです。
それ以来ESDをずっとやってきました。校長をしていた千葉県立市川北高校・千葉県立佐倉南高校はどちらもユネスコスクールに加盟しました。

―――学校内でESDを取り組むことに対して先生方は積極的でしたか?

全然!先生方からは「手間が増えるから嫌だ」「校長の言うこと聞いたってろくなことがない」って。
校長という立場に立つとそういう言葉が出てくるのよ、面白いでしょう。
結局ね、先生方もESDの大切さは頭では分かっている。でも、実際に動く先生は不安なんだよね。
忙しい、面倒くさそう…が結局不安な感情となって「やりたくない、できない」という言葉が出てきたのだと思う。不安を取り除いてあげることが重要なのだな、と。
そんなことをね、色々とやってきて本当によく分かった。

―――先生方はどれぐらいESDを知っているのでしょうか

これは私の意見だけれど、教員の多くはESDを教育だとは思っていないんじゃないかな。
もちろんESDを大切だと考え、一生懸命に取り組んでいる先生はたくさんいる。だからと言って他の先生がそれで自分も知ろうとするか、相手のことを知ろうとするかと言ったらそうではない。
別に知らなくてもいいことなら、わざわざ知ろうとしないんじゃない?自分にプラスになることなら受け入れるけれど力を尽くすのは面倒くさいな、と思う。これは誰しもが思うことであり、現実だと思います。

私がこれまで様々な学校をまわってきた中で、ほとんどの先生はESDを知りませんでした。
けれど、こういうことって大事だよねと共感し理解してくれる先生は必ずいる。このままじゃいけない、何かが必要だ、と思っている。そういう人を大切にしながら、そこから広めていく。時間はかかるけれど、徐々に広がり変わっていきます。これはね、目に見えて分かる。

実際にある先生から、「一緒に働いている時は私がやっていることがよく分からなかったけど、今はその大切さが分かります!」と言われたことがあります。今本当に一生懸命ESDに取り組んでいますよ。
子どもたちと「総理大臣に手紙を出そう」と企画したり、自身も国際理解を深めるためヨルダンやイスラエルに行ったりしてね。嬉しいですよ。本当に嬉しい。

そうやってちゃんと誰かが育っていくのだな、と思いました。
私はこれまで自分のギリギリのところで決して格好が良いとはいえない様な状況でやってきたけれど、ふと後ろを振り返った時に今までやってきたことに間違いはなかったのだと感じました。ESD活動とはそのようなものだと思います。


いかがだったでしょうか?
前編では、永井さんがESDと出会ったきっかけ、そして学校でESDを推進してきた中で感じたことや喜びについてお話をしていただきました。
後編は学校でESDを取り組むときのヒントや、学校教育の課題など、さらに深いお話です。お楽しみに。