与えられた課題をクリアするのではなく、自ら課題を見つけて企画できる人を育てたい
ESD-J代表理事 重 政子さんがESDを大切に考える理由とは?(後編)

ESD-J代表理事であり、ガールスカウト日本連盟教育部長でもある重さん。「自然とキャンプが大好きよ!」と語る姿は少女のようで、おっとり上品な物腰からは想像できません。
自然体験を愛し、様々なワークショップを実施してきた重さんが、第2回ESD CAFEのゲストです。
この機会に改めて、重さんがどのようにしてESD-Jと出会い、ESDの推進活動に関わるに至ったか、お話を伺いました。

今回はその後編、ESD-Jと関わり、ESDを推進することになったきっかけについてです。

    


ESDが普及していくところは、トップがきちんと理解している。トップの教育、そしてトップを選ぶための目が必要で、それが教育のベースになるの

“ESDを推進することになったきっかけは何ですか?”

何年頃から加わったのか記憶が曖昧なのですが、現在のESD-Jの母体となる人々(NPO、NGO、学校の先生など)が、ESDを広げるため各地でミーティングを行っており、私は社会教育の指導者という立場から加わらせていただいていました。

持続可能な社会のための教育への取り組みを日本だけでなく世界各国で積極的に行えるよう、国連を通して各国政府に働きかけようとしました。ESDを広げるため、国内の56のNGO、120を超える個人が参画し、2002年8~9月のヨハネスブルクサミットに向けて提言づくりをしました。私もその仲間でした。

そして、日本政府との会合、ワークショップ等を経て2002年9月2日、当時首相の小泉純一郎さんがヨハネスブルクサミットの世界首脳会議の演説で『「国連持続可能な開発のための教育の10年」(UNDESD)を国連が宣言するよう日本のNGOとともに提案した』、と明言したの。その後2002年12月第57回国連総会でこの決議案は満場一致で採択され、2005年から2014年までの10年間で実施されることになりました。

そして、ああ採択されてよかったね、で終わってしまうのは無責任であり、国でESDを推進するためには現場の人たちが推進できるようにしなければいけない。そのような思いでESD-Jが立ち上がったのよ。

私は立ち上げメンバーではなかったけれど、ESDを理解し広げたいと思っていたのでESD-Jが設立してすぐに会員になったの。
それが始まりね。

“ESDの活動として具体的にどのようなことをしてきましたか?”

ESDを広げるために、ESDとは何か?をみなさんにお伝えするために各地を回りました。
けれどその活動を理解して頂くことはなかなか難しかったの。
元々各地域で、自然保護活動や地域活性化のための福祉活動を行っている人に対し、ESDという包括的なものを説明しても「うん、わかる、わかった」で終わってしまうこともあった。
けれどESDのThink Globally Act Locallyという「全体を見ながら自分の足元を見て、自分にできることから変えていく」という基本的な考え方を理解し変わっていく人もたくさんいた。

例えば自然体験のインストラクターがカヌーを教えていたとする。けれどその人がタバコをくわえながら教えていたり、参加者がゴミを持ち帰らなかったりすればその土地はダメになってしまうでしょう?実際地元の方から「あいつらは川を汚す、うちの鶏が卵を産まなくなる」とクレームが来たりした。

そのままではその拠点にいられなくなってしまう。土地の人と一緒に考え、解決することができなければ自然体験のインストラクターとは言えないでしょう、と提案してきたの。
そして土地の人たちと対話し理解し合いながら活動を行うこと、その土地を持続可能なものにしなければいけないことに気付き、変わっていったのよ。

ESDのような概念を具体的な活動にして広げる難しさは、それを理解し実際に自分の生活を変えるという行動を起こすことなの。結局、総論賛成各論反対みたいになってしまう部分はまだまだあると思う。

学校の先生の中にも、持続可能な社会の担い手を育てるためにはESDの価値や手法を使わなければ、と一生懸命取り入れた方々がいました。けれど、その先生が転任するとその素晴らしい教育は消えてしまうの。
中には校長先生や他の先生もESDをきちんと理解し学校のシラバスそのものをESD的にしていった学校もあり、そこではESDが効果的に普及していきました。

ESDが普及していくところは、トップがきちんと理解している。
トップの教育、そしてトップを選ぶための目が必要なの。
それが教育のベースになると思います。

“重さんは、ESD-Jでの自分の役割は何だと思いますか?”

私はつなぎ役かな、と思います。
これまでの経験がいろんな立場の人たちのつなぎ役として必要と感じてもらえたら、と。
そして、人を育てていき、譲っていくことかしら。
立場があることで人は育ちます。私がいた場所や立場を譲ることで、与えられた立場でその人は育つ。
私が育てるというわけではないの。私もそうだったわ。

これはAだと教え与える教育ではなく、考えていることを引き出し自ら答えを出す機会を与える。
そうすれば、人に言われたからやるのではなく、自分で考え行動し自分で物事を判断することができる。
それがESDなのよね。


ESDという概念が一般にほとんど知られていない頃から、「もっとESDを理解し広げたい」と活動し続けてきた重さんから“ESDへの熱”のこもった言葉をたくさん頂けたインタビューになりました。

「与えられた課題をクリアするのではなく、自ら課題を見つけて企画できる人を育てたい」という重さんの言葉は、皆さんの心にどのように響いたでしょうか?

ESD活動は、大切にしている視点は同じでも、その実現方法はとても多彩です。
ESDを広げるため、全国各地で様々な活動している方のお話を聞いていつも感じるのは、ESDの多様性です。
地域づくり、学校支援、国際問題へのアプローチ、動植物を取り巻く自然環境保全、食や消費に関することなどなど…

その方々が、繋がり合い、情報共有することはESDを広げるためにとても大切なのではと考えます。

「ESDについて多様な人と話し合う場をつくろう」そんな想いで企画が始まったESD-J主催「ESD CAFE TOKYO」は、重 政子さんをゲストに第2回目を開催予定です。
重さんとESDについてお話できるチャンスです、イベントに参加しませんか?

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