竹山 史朗モンベル専務取締役
◆モンベル7つのミッションとそれに基づいた活動
- 自然環境保全意識の醸成
- 野外活動を通じて子どもたちの生きる力を育む
- 健康寿命の増進
- 自然災害への対応力
- エコツーリズムを通じた地域経済活性化
- 第一次産業(農林水産業)への支援
- 高齢者・障害者のバリアフリー
上記の7つのミッションは、モンベルが社会に貢献していくための指針として、現在企業活動の根幹を支えていますが、設立当初からこのようにミッションとして掲げて活動をしてきたというわけではありません。元々、本来事業以外に環境系の団体との連携や災害支援、障害者の方を対象としたカヌー教室の支援などを実施してきており、様々な社会貢献活動を展開してきました。
2006年にフレンドエリア*という取組みを通じて、地域との連携がはじまりました。そして、2016年には三重県と更に深く連携をするために包括連携協定**を結ぶこととなりました。丁度その時期にモンベルの創業者・辰野 勇代表(現会長)がミッションについて考え始めていたということもあり、7つのミッションという形で纏め上げました。地域、大学、企業なども含めて包括連携協定を結んでいますが、必ず7つのミッションを協定内容とすることを原則としています。ミッションをまとめてみると、いずれも普遍的なテーマであることや、モンベルのアウトドアに関連した活動を通じて地域社会が抱えている様々な課題を解決する一助になりうると改めて認識することができました。
*フレンドエリアとは、自然豊かな環境でアウトドアを楽しめる、モンベルおすすめのフィールドで、そのエリア内には、会員優待施設「フレンドショップ」が多数集まり、モンベルクラブ会員(会員数120万人)のアウトドアライフをサポートしています。現在、フレンドエリアは全国に126カ所あります。
**モンベルは、アウトドアを基軸とした新たな取組みとして地方自治体や公的機関、企業、教育・学術団体、医療機関等と「包括連携協定」を締結しています。令和7年4月8日現在、161の包括連携協定を締結しています。
◆近年力を入れている活動
前回インタビューを行った5年程前から、大きく変化した活動というものはなく、7つのミッションに沿った活動を地道に継続しています。7つのミッションに基づく新たな取組みは以下の通りです。
ミッション①自然環境保全意識の向上に関する取組み
3年程前に京都大学のフィールド科学教育研究センターと包括連携協定を結びました。同センターは、森里川海の自然の繋がりを研究する機関で、SEA TO SUMMIT等のモンベルのイベントのコンセプトと目指す方向が一致するために、協定を結ぶことで更に連携を強化しようということになりました。具体的な取組みとして、全国の山の自然状態を知るために沢の水のサンプルを収集するという「山の健康診断」を行うこととなり、その活動をモンベルクラブの会員が手助けすることとなりました。クラブ会員の方々は総じて環境意識が高く、山など自然の中に行かれる方が多いので、協力してもらうことができました。想定したよりも反響が大きく、半年間に1,400箇所程度のサンプルを収集することができました。このような取組みは、市民参加型の”シチズンサイエンス“と呼ばれますが、その好事例となりました。
ミッション②野外活動を通じて子どもたちの生きる力を育む取組み
モンベル・アウトドア・チャレンジというアウトドア・ツアー、イベント等の野外活動を日本全国で開催していますが、親子で参加できるイベントを意識的に増やしています。コロナ禍を機に、多くの方が野外活動に目を向けました。しかし、野外活動の経験のない方が子ども連れでキャンプなどをいきなり実施するのは難しいために初心者をサポートする活動や自然観察系のイベント(野鳥観察・昆虫採集)などを実施し、好評を博しました。コロナ禍によって、ライフスタイルの変化が生まれ、外で遊ぶことが定着してきたように思います。自然体験の中に子どもたちの学び・成長を促す要素が入っていることが認識されるようになってきました。
ミッション③健康寿命の増進に関する取組み
新たに始めた取組みとしては、奈良県立医科大学と協定を締結し、医療分野での協力を始めました。歳を重ねると、膝が悪くて山登りが難しいという場合などが出てきます。そういった身体機能のサポート器具の開発を連携して進めています。アウトドアスポーツは、人と競争するものではなく、自分のペースで楽しんでいくものなので、健康寿命の増進に寄与するものであると以前から提唱してきましたが、それを具現化しています。
ミッション④自然災害への対応力の向上に関する取組み
登山やキャンプを楽しみながらアウトドアのノウハウを身に付けることが、災害等に備え、普段から自助力を向上することに役立つということを唱えてきました。また、実際に災害が起きた地域への支援もアウトドア義援隊という形で実施してきました。この活動は阪神淡路大震災の際に生まれたもので、30年以上継続しています。具体的には、能登半島地震が発災した直後から救援物資(寝袋、防寒着、携帯トイレ)を被災地に届ける活動を行いました。
コロナ禍においては、感染症も一種の災害と捉え、アウトドア義援隊の活動として、物づくりのノウハウを活かして防護服、マスク、フェイスシールドを作成して医療関係者、自治体等に配布しました。
ミッション⑤エコツーリズムを通じた地域経済活性化に関する取組み
以前からジャパンエコトラックというトレッキング・サイクリング・パドルスポーツといった人力による移動手段で旅をするエコツーリズムを推奨し、地域の活性化に繋げる活動を実施してきました。ジャパンエコトラックの参加エリアは、全国37箇所程度に広がっており、全国の自然豊かな場所で活動を広げています。
また、環境省が国立公園を保護の対象とするのみならず、利活用する方法を模索しています。国立公園のオフィシャルパートナーとなり、環境省と連携しながら国立公園内でイベントを行うなどしています。今年に入って、文化庁のオフィシャルパートナーにもなり、日本の文化遺産を守る活動にも協力することになりました。ミッション④のエコツーリズムの活動にも通じますが、自然と文化は切っても切り離せない関係にあります。そのため、自然を楽しむのみならず、日本の豊かな文化を守るという視点も意識しながらツーリズムをデザインし、具体的にはジャパンエコトラックのルートにも反映させていきたいと考えています。
ミッション⑤一次産業(農林水産業)への支援に関する取組み
第1次産業への支援としましては、農林水産省の農業女子プロジェクトへの協力、林業、漁業関係者が活用できる道具、衣類などを開発しており、多くの方に受け入れられるようになってきました。特に、林業関係の商品が好評で愛用していただいています。日本の山々は急峻であるため、作業をするにあたり急斜面を上り下りすることも多いです。商品の開発にあたっては登山のノウハウを活かしており、軽い道具、動きやすい衣類等が受け入れられています。更に、チェーンソーの刃があたっても切れない服など国際基準に合致した商品を開発してきました。その他にも、漁業関係の軽量化した快適なレインウエアなどが受け入れられてきています。
また、奈良県の黒滝村の森林組合と連携した事例があります。林業が盛んな同地域において、2025年4月17日に黒滝村にモンベルの店舗がオープンしました。直営店という形ではなく、森林組合が店舗運営を行うという形になりました。若い林業者が、色々な取組みにチャレンジしたいということで、モンベルとのお付き合いの中で物販を実施することとなりました。
ミッション⑦高齢者・障害者のバリアフリーに関する取組み
1991年に障害者の方のカヌーアクティビティのサポートをさせていただいたところから、様々な支援を行ってきました。上記で奈良県立医科大学とのコラボレーションの取組みを紹介しましたが、それ以外では、「SEA TO SUMMIT」 という環境スポーツイベントを2009年より行ってきました。このイベントは、海でカヤックに乗り、里を自転車で走り、そして登山と進む中で自然の循環に思いを巡らせ、かけがえのない自然について考えようという環境スポーツイベントです。これらのアクティビティに加えて、地元の環境関係の活動を行っている方に講演をしていただく環境シンポジウムなども併せて開催しています。
このイベントは、バリアフリーと銘打っており、どなたでも参加できる包摂的なイベントです。競争するわけではないので、自由な参加形態が可能です。例えば、足の悪い方が健常者の方とチームを組んで、自分ができる部分だけ、カヤックだけに参加するといったことも可能です。また、車椅子に腕の力でペダルを回転させる機能を持たせたパーツを付属したハンドサイクルで、自転車のアクティビティに参加される方もおられます。このように幅広い方々に参加して楽しんでいただいています。更に、聴覚障害者の方が参加されたケースや全盲の方が登山に参加された事もありました。障害を持ちながらも様々なことにチャレンジされる方への支援「チャレンジ支援プログラム」も実施しています。例えば、車椅子で日本1周に挑戦されている方や片足を切断している方の登山の支援なども実施しています。
◆長年活動を継続することで生まれた成果
SEA TO SUMMITは、昨年のオホーツクの大会が第100回となり、これまでの開催数は100回を超えました。コロナ禍では中断していましたが、数年前から再開し、今年も計11回を予定しています。
まず開催地にとっては、様々な方が来訪すること、関係人口の創出という点で効果があると思います。参加者数はさほど多くせずに開催しています。初めて開催する地域では、他の地域から常連さんが参加するケースが多いですが、回を重ねると、地元の方の割合が増えてきます。初めは様子見をしている方や、大会にボランティアとして参加した方が、参加者の楽しそうな様子を見て、次の回には参加するケースなどがあり、地元の方の参加率が増えていっています。
自然を活かし、環境に配慮しながら、地元を活性化したいという地域とこのようなイベントを開催していますが、そういった考えは時間をかけて地域に浸透していくと思います。それと言いますのは、行政の方、首長などは、理念を掲げてモンベルとイベントを実施したり、様々な取組みを協働したりすることに関心がありますが、トップの意向がすぐに住民ひとりひとりには浸透しません。取組みを何年も繰り返していく中で、ようやく地元の方の意識や行動が変わってきます。地元の方々にとって身近で当たり前の自然の良さを、外から来た方がアクティビティを通じて自然を楽しむ姿を見て、改めて気付くということがあります。「灯台もと暗し」で地元の良さに気付いていないことが多いため、モンベルのイベントがそれを再認識する契機となっています。
◆ものづくりの新たな活動
これまでレインウェアなど撥水の素材にはPFAS(フッ素)が多く使用されてきましたが、環境面への配慮からPFASを使用しない製品の開発を行っています。生地に防水、撥水の膜を作るのにフッ素が使われてきた訳ですが、今年から全てPFASフリーの素材に切り替えていっています。ただPFASは撥水の効果、耐久性において大変強力であるため、代替素材は機能面で若干劣るということは分かっています。しかし、メンテナンスによって撥水等の機能を復活させるということもできるため、PFASフリーのものづくりに舵を切りました。モンベルクラブの会員の皆様には、このような環境に配慮した素材への切り替えについて、多少のデメリットも理解し、受け入れていただいています。
◆包括連携協定に基づく活動について
地方自治体や公的機関、企業、教育・学術団体、医療機関等、様々な組織と包括連携協定を締結しています。上述の能登半島の地震、豪雨災害等に際して支援をしたと申し上げましたが、包括連携協定の中にも、そのような自然災害が発生した際に物資の供給を行う事など含まれています。なお、大阪府とは災害支援に特化した防災協定を結びました。包括連携協定を結んでいる地方自治体は、いずれも高齢化/人口減少が課題で、健康寿命の問題も共通しています。
近年、自治体が特に災害という分野に注目しています。高齢化が進んでいる地域において、防災、災害が発生した場合の対応について懸念されているところが多いです。我々が自治体に対して強調してお伝えしていることは、水や食料、防災関連用品の備蓄、有事において支援をする仕組みづくりを行うだけではなく、日頃から住民が災害対応力を上げていく努力をすることが重要だということです。自治体職員自身も被災している状況なども鑑み、公助が届くまでのタイムラグをどのように埋めるか、避難所がすぐに開設できない場合の対処、様々なケースを想定し、有事に備えて個々人、家族単位で災害対応力を上げることへの支援が必要だと考えます。先ほども述べましたが、その一つの方法がアウトドアであり、楽しみながら自然と災害対応力を上げることが可能です。
◆社員に対する人材育成、価値やビジョンの共有について
7つのミッションをまとめ上げ、自社のウェブサイトに掲げて以来、社員に応募してくる方は7つのミッションに共感し、そしてそのミッションに関連してこのような活動をしたいといった具体的な思いを抱いている方が多いです。このように、7つのミッションを入社時から意識していただいているので、それについての価値観の共有は既にできていることが多いです。7つのミッションに関する取組みについては、新入社員教育のタイミングでお話ししています。加えて、会員向けに発行している会報誌のメッセージにもモンベルの理念が反映されています。幸いにして社員、及び会員の方々と同じベクトルに向かって進んでいるという感覚が持てています。
◆ESD-Jとの連携で実施したい活動
モンベルとしては、今まで実施してきた上述の活動をこれからも粛々と継続していくつもりです。ESD-Jが行われている持続可能な社会づくりのための啓発・教育的な活動・イベントについては、単独で実施することは難しいため、ESD-JやESD-Jの会員の皆様とともに実施することができたら良いのではないかと思います。
イベントですと、インパクトは強いものの集まってくださる方のみが対象となるために、より多くの方に働きかけられる手段の活用も必要ではないかと思います。例えば、モンベルクラブの会員は120万人以上おりますので、会員の方々にモンベルのメッセージ+他団体の取組みについて発信していくことができれば、より具体性を持った情報を発信できるのではないかと考えます。120万人の会員の方々の多くは、知的好奇心が旺盛で、環境意識が高く、野外活動をされているので、そのような方々への啓発ができると良いのではないでしょうか。ESD-JやESD-Jの会員の皆様からそういった情報発信の提案があれば、是非検討していきたいと思っています。
◆参考資料
- 株式会社モンベル:https://www.montbell.jp/
- 前回のインタビュー記事:https://www.esd-j.org/report/vol-3_mont-bell/